昌泰4年(901)1月25日、時平一味の陰謀により道真公へ大宰権帥への宣旨が下ります。道真公は理解者であった宇多法皇に 流れ行く我はみくづとなりぬとも 君しがらみとなりて止めよ との歌を送りました。法皇は急いで清涼殿に駆けつけますが、一味である藤原菅根に阻まれて醍醐天皇に会えず道真公の流罪が決定してしまいます。