延喜23年(923)、右大弁源公忠が頓死し、蘇生しました。 公忠は冥界を巡り、道真公に出会い醍醐天皇への訴えを聞いたことを、醍醐天皇へ奏上します。 この頃、時平の甥にあたる皇太子保明親王が亡くなります。 これらをうけて、昌泰4年(901)の宣旨(道真公の左遷の宣旨)を破却し、道真公を本官(右大臣)に復し、正二位を追贈することになります。 また、23年続いた延喜を延長と改元しました。